「手前(てまえ)味噌(みそ)」
「手前(てまえ)味噌(みそ)ですが……。」
こんな言葉(ことば)を聞(き)いたことがありますか?
「手前(てまえ)味噌(みそ)」は、自分(じぶん)のことや、自分(じぶん)がしたことを、
自分(じぶん)でほめるときに使(つか)う表現(ひょうげん)です。
「手前(てまえ)味噌(みそ)ですが……」とは?
たとえば、自分(じぶん)が作(つく)った料理(りょうり)について、
「手前(てまえ)味噌(みそ)ですが、このカレーはとてもおいしくできました。」
と言(い)うことができます。これは、
「自分(じぶん)で言(い)うのは少(すこ)し恥(は)ずかしいですが、
自分(じぶん)でほめることができるくらい、このカレーはとてもおいしくできました。」
というニュアンスです。
自分(じぶん)のことをほめるときに、
少(すこ)し謙遜(けんそん)しながら言(い)う表現(ひょうげん)です。
なぜ「味噌(みそ)」?
「手前(てまえ)味噌(みそ)」は、
昔(むかし)の日本(にほん)の生活(せいかつ)と関係(かんけい)があります。
昔(むかし)は、家(いえ)で味噌(みそ)を作(つく)っていました。
それぞれの家(いえ)で作(つく)った味噌(みそ)を、
「うちの味噌(みそ)のほうがおいしい」と自慢(じまん)することがあったそうです。
そこから、「自分(じぶん)で作(つく)ったものを、自分(じぶん)でほめる」
という意味(いみ)で、
「手前(てまえ)味噌(みそ)」という言葉(ことば)が使(つか)われるようになりました。
手前(てまえ)味噌(みそ)の手前(てまえ)
「手前(てまえ)」には、もともと「自分(じぶん)の側(がわ)」
「自分(じぶん)のところ」という意味があります。
たとえば、「手前(てまえ)ども」は
「私(わたし)たち」「私(わたし)ども」という意味で使われます。
ですから「手前(てまえ)味噌(みそ)」は、文字(もじ)どおりに考(かんが)えると、
「自分(じぶん)のところで作(つく)った味噌(みそ)」という意味(いみ)です。
こんなふうに使(つか)います
「手前(てまえ)味噌(みそ)ですが、
私(わたし)の娘(むすめ)はとても頑張(がんば)り屋(や)です。」
「手前(てまえ)味噌(みそ)ですが、今回(こんかい)の企画(きかく)は、
とてもいいものになったと思(おも)います。」
「手前(てまえ)味噌(みそ)ですが、このケーキは自信作(じしんさく)です。」
「手前(てまえ)味噌(みそ)ですが、私(わたし)の授業(じゅぎょう)では、
会話(かいわ)をたくさん練習(れんしゅう)できます。」
「自慢(じまん)」とは少(すこ)し違(ちが)います
「手前(てまえ)味噌(みそ)」は、
自分(じぶん)のことをほめる表現(ひょうげん)ですが、
強(つよ)く自慢(じまん)する感じではありません。
「自分(じぶん)で言(い)うのもなんですが……」
という、少(すこ)し控(ひか)えめな気持(きも)ちが入(はい)っています。
そのため、「手前(てまえ)味噌(みそ)ですが……」と言(い)ってから、
自分(じぶん)の仕事(しごと)や作品(さくひん)、家族(かぞく)などについてほめることがあります。
日本語(にほんご)らしい表現(ひょうげん)
日本語(にほんご)には、自分(じぶん)のことを直接(ちょくせつ)ほめるのではなく、
少(すこ)し控(ひか)えめに伝(つた)える表現(ひょうげん)がたくさんあります。
「手前(てまえ)味噌(みそ)ですが……」も、その一(ひと)つです。
少(すこ)しユーモアもある表現(ひょうげん)なので、
意味(いみ)が分(わ)かると、
日本人(にほんじん)との会話(かいわ)がもっとおもしろくなるかもしれませんね。

응답 (0)